代表取締役社長 石川 哲男 |
「車好きから始まった仕事」
株式会社ヒーローは1972年、沖縄が復帰した頃に始まった会社なんです。 復帰と同時に車検制度もスタートしたので、「これからは車検整備の時代だ」と先代が動いたのがきっかけでした。
私は車がとにかく好きで、入社したのが15歳の頃、気がつけばもう50年以上もなりますね。 会社の歴史と一緒に、自分も整備士として先代や先輩社員の手で一人前に育ててもらいました。
だからこそ思うんです。 この仕事は、ただ作業をこなせばいいという仕事でなく「好き」を続けられる仕事なんだと。 |
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車検整備をスタッフとともに行っています
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「現場で学んだチームの力」
創業当時の車検台数は、月に30台こなせるかかどうか。 そこから「もっと台数を増やせるはず」とみんなで考えて、少しずつ台数を伸ばしていきました。
ピークの頃は、月200台以上。 1日5〜6台を回すような時期もありました。 もちろん、これは一人では絶対にできない仕事です。 フロントが手続きをして、整備が交換修繕をして、検査後に引き渡しがあって。 全部がうまくかみ合って、初めて1台が完成する。
現場でずっとやってきて思うのは、 「整備士はチームで仕事をする職業だ」ということです。 |
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フロントとの連携もバッチリ
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「私たちの強みは『人』」
ヒーローの一番の強みは何かと言われたら、私は「人」だと思っています。
フロントスタッフも整備スタッフも、長く続く人が多い。 一度辞めても、戻ってくる人もいるくらいです。 理由はシンプルで、困ったときに誰かが自然と手を差し伸べるから。 子どもの体調不良でも、「大丈夫よ」とカバーする。そういう空気が自然と生まれていました。 それに、私自身も工具を持って現場に入ります。 何といっても車が好きだから(笑)
やっぱり、上の人間が現場にいるとスタッフも安心すると思うんです。 「この先も続けられる仕事なんだ」と感じてもらえますから。 |
「頼れる存在」のスタッフです |
「地域に頼られる存在に」
ずっと大事にしてきたのは、地域とのつながりです。 休みの日でも、「車が動かない」と言われたら気になる。 できることなら、何とかしてあげたい。 そういう想いでやってきました。
これからは体制も整えなおして、 「いつでも頼れる会社」にもっと近づけたいですね。
沖縄で車のトラブルがあったら、「ああ、ヒーローに相談すればいいよ」 そう思ってもらえる存在になりたいんです。 |
技術の継承に努めてまいります |
「海外人材とともに技術をつなぐ」
これから取り組もうとしているのが、海外人材の受け入れです。 整備業界は、どうしても人手不足が続いています。 国内だけでは難しい時代になってきていますから。 ただ、目的はそれだけじゃありません。
これまで培ってきた技術や現場のやり方を、 次の世代につないでいくこと。 その一つの形として、海外人材との協働を考えています。 言葉や文化の違いはありますが、それも含めて新しい挑戦です。 経験を積んできた整備士が中心になって、教え、育てていく。 そうすることで、会社としての幅も広がると思っています。
地域に根ざしながら、もっと開かれた会社へ。 人と技術がつながり続ける場所をつくっていきたいですね。 |
外観の様子 |
「技術をつなぎたいと思う方へ」
車が好きな方。 技術を身につけたい方。 そして、「この技術を次の世代に残したい」 そう思っている方に来てほしいです。
整備の仕事は、経験がそのまま価値になります。 長く続けるほど、強くなる仕事です。 これまでやってきたことを、次につないでいく。 そんな仕事を、一緒にやっていけたら嬉しいですね。 |